新宮市出身の作家、中上健次(1946~92年)の代表作「枯木灘」の連載第2回の自筆入稿原稿99枚が50年ぶりに発見され、妻のかすみさんが中上健次顕彰委員会に寄贈した。今年は中上健次生誕80年に当たり、9日に丹鶴ホールで会見した健次の長女で作家の紀さんは「まさに父の字。タイトルや名前の文字が太く『書くぞ』という意気込みを感じる。原稿は中上本人のようなもの。新宮に帰ってこられて良かったと思う」と話した。
河出書房新社の原稿用紙に中上本人が記した1976年11月号「文藝」掲載分の入稿原稿。倉庫移転の作業中の今年5月、昔の段ボールから見つかった。家族に確認してもらい、中上の直筆だと確認、遺族に返却後、寄贈された。
88年2月22日、八王子の自宅が全焼し、全ての原稿がなくなってしまっていた。「枯木灘」の原稿には、健次の特徴的な筆跡による加筆や、別の原稿を切り貼りした跡などが残っている。創作や改稿の過程を具体的に知ることができる資料で、文学史上貴重な発見となった。
会見で紀さんは、「枯木灘」連載時は幼稚園年長だったとし「普段、父は小さくて丸くてつぶれた文字で集計用紙に書いていた。原稿用紙の文字は手紙、ファクスなどに書く普通の字。挿入書きの文字はつぶれたような文字で区別をしている特徴がある。削っている内容があることも特徴の一つ」と語った。
同席した文芸評論家で中上健次顕彰委員会委員の高澤秀次さんは「原稿用紙に直筆で書く作家はほとんどいなくなった。当時はワープロもなく全員が生原稿。これは完全に清書原稿」と述べた。
原稿の複製は、丹鶴ホール4階の市立図書館内「中上健次コーナー」で11日から展示️する。「熊野大学」公式サイトでも公開する予定という。河出書房新社が7月29日に発売した「文藝別冊 中上健次」では、今回見つかった原稿の冒頭6ページが紹介されている。
(2026年8月11日付紙面より)