那智勝浦町那智山から奈良県吉野までの山岳地帯を踏破する大峰奥駈(おおみねおくがけ)修行が7日に始まった。「春の峰入り」と呼ばれる初日には、熊野修験の山伏、一般参加者、サポーター含め約100人が夜明けの那智山を出立。大雲取越・小雲取越を経て田辺市本宮町の熊野本宮大社まで約30㌔を1日で歩き通す。
世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」で最も険しい「大峰奥駈道」は、標高1200~1900㍍の山岳が連なる大峰山脈の主稜線(しゅりょうせん)を通り、吉野と熊野の二大聖地を結ぶ約150㌔の修行の道。
大峰奥駈修行は約1300年前に修験道の開祖・役行者(えんのぎょうじゃ)が始めたとされ、日本固有の信仰である修験道の修行「山林抖擻(さんりんとそう)」の重要な位置付けとなっている。明治の神仏分離で途絶えていたが、1988年に熊野修験の髙木亮英大導師(那智山青岸渡寺住職)が再興した。
勤行の前に髙木大導師が「無事に目的地の本宮大社に行満いただかんことを御祈念申し上げます。道中は先達、大先達の指示に従って、無理のないように」とあいさつ。
一行は午前6時に那智山青岸渡寺本堂と行者堂で勤行を行い、ほら貝を吹き鳴らしつつ出立した。
出立に当たり髙木智英大先達(青岸渡寺副住職)は「毎回世界平和、世界安穏を祈っているが、今年は吉野熊野国立公園指定90周年に当たり、大自然への感謝の念を、そして先日ご縁を頂いたカイロスロケット、次の4号機成功も祈念しながら歩きます」と語った。
(2026年3月8日付紙面より)