熊野本宮大社(九鬼家隆宮司)の春の例大祭「本宮祭」を間近に控え、祭典で使用する無病息災などを願う縁起物「挑花(ちょうばな)」作りが6日、完了した。同大社敬神婦人会(笹野みよ子会長)の有志8人が同大社で作業し、約600本を用意した。
同大社の氏子総代会(榎本隆文・総代会長)の依頼を受けて毎年手作りしている。菊を模した造花「挑花」は、直径約15㌢、高さ約70~90㌢。昨年の11月に氏子総代会が材料となる竹を切り出して集め、1月から敬神婦人会が作り始めた。赤、白、黄などの紙を花びらや葉の形に切り、接着剤などで貼り付ける。
6日は7人が作業を行った。慣れた手つきながらも慎重に、黙々と作っていた。田辺市本宮町伏拝の笹野会長(76)は「元気で挑花を作れることに感謝している。テレビを見ているとよその国では紛争などが起こっているので、平和を祈りながら作っている」と説明。
今年の宮司一文字揮毫(きごう)が「笑」だったことにも触れ「みんなが笑顔で暮らせたらと思っています」と述べた。
本宮祭は13日(月)から15日(水)にかけて行われる。挑花は6基の木箱に入れられ、15日午後からの渡御祭(とぎょさい)で旧社地の大斎原(おおゆのはら)へと渡る。かつては大斎原で氏子が挑花を奪い合ったが、現在は300本を餅まきの赤餅と引き換え、残る300本を祭典協力者に授与する。販売はしない。
同大社の例大祭は、主祭神の家津美御子大神(けつみみこのおおかみ)(スサノオノミコト)が本宮に鎮座する際に「我を祀(まつ)るに母神(イザナミノミコト)をも同じく祀れ」と言ったという故事が起源。熊野市の花の窟(いわや)から母神を迎え、花を奉じて鼓、笛、旗をもって祭りを営むようになったと社伝に記されている。
(2026年4月8日付紙面より)
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