「忘れない、忘れさせてもいけない」―。那智勝浦町井関の紀伊半島大水害記念公園で8月29日朝、地元建設業14社の有志22人が清掃を行った。慰霊碑を磨き、周辺の草を刈り取るなどして、御霊(みたま)が安らかに眠れるよう環境を整備した。
2011(平成23)年の紀伊半島大水害では、那智谷一帯で同時多発的に土石流が発生し、町内では29人が死亡するなど甚大な被害を受けた。以降、毎年9月4日の追悼式を前に、清掃活動が行われている。今年は、前年同様の▽㈱庵野組▽井筒建設㈱▽カミジ技建㈱▽大和建設㈱▽木原造林㈱▽岡山組▽㈲中川建設▽㈲松岡組▽田中建設㈱▽㈱下山組▽下山建設工業㈲▽㈱オカダ▽㈱関三吉商店―に加え、㈱福田組も参加した。
水害犠牲者の慰霊と地域の復興を目的に、水害翌年の12年1月に「那智谷大水害遺族会」が設立された。毎年9月4日に同公園で、故人をしのんでキャンドルをともす追悼供養などの活動をしてきた。水害から13年たったおととし、当初の目標だった十三回忌が過ぎたため遺族会は解散した。
清掃活動は、遺族会元代表の岩渕三千生さん(65)が水害の年から始め、翌年まで1人で行っていたが、3年目から地元建設業者が協力し、それ以降は現在の形になっている。
清掃を終え、岩渕さんは「長年清掃活動に協力してくれている皆さんに感謝。今年も皆さんのおかげできれいになった。天国で29人、仲良くしてほしい」と話した。
水害から間もなく15年を迎えるが、岩渕さんは、年数は関係ないと強調。「今でもあの時の記憶がフラッシュバックしてくる。15年とは言うが、遺族にとっては何年たとうが悲しみは変わらない。水害があったことは、忘れても、忘れさせてもいけない」と語った。
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■4日午前1時から追悼式
同公園で4日(金)午前1時から、追悼式が営まれる。那智谷で土石流の発生が始まったとされる時刻に合わせ、死者の数と同じ29個のキャンドルに火がともされる。
(2026年9月1日付紙面より)
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